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人々が旅をしなくなった世界:新型コロナウイルスの代償

かつてはクレジットカードとパスポートさえ持っていれば、インターネットで簡単にフライトを予約し、異国情緒あふれた土地に気軽に旅することができた。そうした状況は、新型コロナウイルスにより終わりを迎えた。

パンデミックをきっかけに、人々は出張であれレジャーであれ、何の支障もなく国境を越えて移動することができなくなった。先日リリースしたレポート「Equity Gilt Study」2021年版の中で、当社のリサーチアナリストはそうした状況がもはや完全に元に戻ることはないとみている。

さまざまな制約を伴う新しい環境に世界が適応し始める中、世界経済の約10%を占める旅行業界が以前と同じようになるとは考えられない。当社アナリストは、主な変化として3つの点を挙げている。

1. 航空運賃が上昇し、煩雑な手続きが必要になる

パンデミックが発生するまで、航空旅客数は世界のGDPを上回るペースで増加していた。国際民間航空機関(ICAO)によれば、世界の航空旅客数は1990年の10億人から2019年には45億人以上に増加したが、その後各国が国境を封鎖したため、2020年は20億人を割り込む水準まで落ち込んだ。

パンデミック前のトレンドが速やかに回復することへの期待は幾度となく打ち砕かれた。各国政府が感染拡大を抑えるための制限を継続していることから、旅行者は一定期間の足止めを強いられるかもしれない。将来的にはワクチン接種が査証のような役割を果たすことになる公算が大きいものの、接種したワクチンの種類や接種時期によっては、引き続き国境管理の網に引っかかる恐れがある。

国境を超える際にワクチン接種が求められるのは新しいことではない。黄熱病ワクチンは以前から、感染地域への渡航者や当該地域からの入国者に接種が義務付けられていた。しかし、どの新型コロナウイルスワクチンが旅行を認める基準を満たしているかについて、世界的にコンセンサスを得るのは極めて困難となろう。例えば、EUの「デジタル・グリーン証明書」はEUで承認されたワクチンを中心に認められており、中国製ワクチンは含まれていない。

中でも格安航空会社は、厳しい状況が予想される。コロナ禍前、格安航空会社のおかげで空の旅が安価になり、飛行機が日常的な交通手段となり、誰でも利用できるようになったため、観光業は主要観光地以外にも急速に拡大した。今では、ワクチン接種やPCR検査にコストがかかるため、衝動的な旅行は姿を消すと思われ、結果的に空の旅の値段が上昇し、再び大衆にとって手が届きにくいものとなる可能性がある。

2. 出張の機会は恒久的に減少

OECDのデータによれば、世界の旅行・観光業界の2019年の売上高のうち、ビジネス旅行(出張)関連の支出は21%を占め、中でもカナダ、英国、日本、米国などの諸国では30%以上を占めた。ところが、業界団体のグローバル・ビジネス・トラベル・アソシエーション(GBTA)によると、2020年の世界の出張費は前年比で半分以下に減少し、2001年(9.11同時多発テロが発生)の10.9%減や2009年(世界金融危機)の7.5%減を大幅に上回る落ち込みとなった。

当社アナリストは、市場規模1兆3,000億ドルに上る世界の出張市場は、長距離出張を中心に回復が最も遅い分野の一つと予想している。企業はパンデミックを受けて海外出張を直ちに制限したが、再開に当たっては、コストの上昇や不確実な環境に行くことのリスクを考慮し、慎重になる公算が大きい。

出張する本人も、出張に要する時間とエネルギーを考慮し、安心感のある自宅やオフィスからオンラインで会議に出席することの利便性を考え、本当に必要な出張を見極めるようになるだろう。これは行動変容であり、反転させるのは簡単ではない。

出張の抑制による影響は、かなり深刻かつ広範囲に及ぶ公算が大きい。金融サービス、企業コンサルティング、高等教育などの主要セクターでは、スタッフが国境を超えて自由に移動できることが重要である。飛行機での移動やホテル滞在、その他小売サービスといった付随する観光活動が行われなくなることで、経済が損失を被るリスクが生じ、特に国際ハブとして機能する国や海外向けのサービスセクターが発展している国では影響が大きいと予想される。

航空業界も危機的状況に置かれるだろう。ビジネス旅客者は航空旅客数のわずか12%を占めるにすぎないが、利益率はビジネス以外の旅客の2倍に上り、一部では航空会社の利益の75%近くをビジネス旅客者が占めることもある。

新型コロナウイルスは航空業界に最も深刻な影響を長期にわたって及ぼしている
縦軸:航空旅客数(Tの期間を100とする)/注:Tは危機が発生する直前の期間を指す

3. 国内旅行は上向くかもしれないが、海外旅行が完全に回復することはない可能性も

ICAOの予測によれば、2021年の国内旅客数は2019年比で25~33%減となる見通しで、海外旅客数の同63~75%減と比べると小幅な減少にとどまると予想される。これは、先進国を中心に国内旅行が回復することを意味する。実際に米国では、海外からの旅行者数はコロナ前の20%にとどまっているにもかかわらず、2021年1月の旅行者の週平均支出額はコロナ前の水準近くまで回復している。

パンデミックの期間中に国内旅行・観光支出の割合は上昇
青の菱形:国内旅行支出(旅行・観光支出全体に占める割合、%、右軸)
グラフ中の濃い青色部分:海外旅行・観光支出額(10億ドル)
グラフ中の水色部分:国内旅行・観光支出額(10億ドル)

しかしながら、旅行・観光業界が縮小すると、多くの外国人観光客を受け入れてきた国の経済は破綻状態に陥ると予想される。例えば、へ―バー・アナリティクスによると、タイでは観光業界が2019年のGDPの6.1%を占めたが、2020年のホテルおよび外食サービス全体の産出高は前年比で38%減少した。

小売業界も同様で、旅行者数減少への適応を余儀なくされている。過去10年間に世界のGDPが40%増加したのに対し、海外旅行者の支出額は同期間に2倍近くに増加した。最も顕著な要因は、中国人による高級ブランド「爆買い」だろう。オリバー・ワイマンの調査によれば、中国人観光客の平均支出額は、コロナ前の旅行先での買い物予算と比較して半分にとどまっている。

中国人をはじめとする各国旅行者による海外旅行の自粛は、バリ、プーケット、ドバイ、シンガポール、アンタルヤといった有名観光地に深刻な経済的打撃をもたらしている。小売企業は、海外に事業拡大することで埋め合わせを図ることも可能である。しかし、免税での買い物などのメリットもないのに、人々が旅行中と同じように海外製品を自国内で購入する意欲が湧くかどうかは不明である。

結局のところ、こうした変化の影響は貧困な国ほど打撃が大きいと推測される。IMFは4月、観光依存度の高い新興国では「経済的損失が長期化する」と警告した。多くの国にとって、世界各地を巡る旅行者がいなくなった大きな穴を埋めるのは簡単ではないだろう。

 

※これはバークレイズのInvestment Bank サイトに掲載された英語の記事を日本語にした参考訳です。英語版が原文ですので、これら両言語版の間に齟齬がある場合は英語版が優先します。

英語版オリジナルの記事はこちら:A world less travelled: The cost of COVID-19

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